岐阜家庭裁判所 平成元年(家)538号 審判
申立人 大田菊江 外1名
主文
本件申立てを却下する。
理由
1 申立ての要旨
(1) 申立人らは、本年3月27日婚姻届を○○県○○○市役所に持参し、同市長宛提出したが、その際、
ア 婚姻後の夫婦の氏については夫婦別姓を選択して、その旨記載し、
イ 父母の氏名・父母との続柄
ウ 同居を始めた時期
エ 初婚・再婚の別オ同居を始める前の夫婦のそれぞれの世帯の主な仕事
の各欄は、いずれも記入しないで届書を提出した。
(2) ところが、同市長は、同日、上記婚姻届出の受理を、次のような理由により、拒否した。
すなわち、上記(1)のうち、
アについては民法750条、戸籍法74条1号に規定する「婚姻後の夫婦の氏」の選択がない。
イについては戸籍法施行規則56条2号に規定する「当事者の父母の氏名及び父母との続柄」、
ウについては同規則同条4号に規定する事項、
エについては同規則同条3号に規定する事項、
オについては同規則同条5号に規定する「同居を始める前の当事者の世帯の主な仕事」
について、各記載がない。
(3) しかしながら、上記(2)のうち、
アについては、民法750条は婚姻に際し、夫婦いずれかの一方に自己の氏の変更を強制するものであって、人格権の一部である氏を保持する権利を侵害するものであるから憲法13条に違反し、また同24条1項に違反するものであり、民法750条、戸籍法74条1号を根拠とした上記処分は憲法13条、24条1項に違反する。
イについては、申立人らは、いずれも成年であるから、婚姻をするについて父母の同意(民法737条)を必要とせず、したがって父母の氏名、父母との続柄の記載がないことを理由とする不受理は合理的根拠を欠き、憲法24条1項に違反する。
さらに父母との続柄については、法律上の規定に非嫡出子への差別的取扱いを含んでおり(民法900条4号、戸籍法49条1号)、基本的人権と法の下の平等を否定するものであるから、その記載がないことをもって不受理としたことは憲法24条1項、19条、14条に違反する。
ウ、エ、オについては、いずれも申立人らのプライバシーに関するものであり、これらの事項の記載がないことをもって不受理としたことは、申立人らのプライバシー保持の権利を侵害するものであって、憲法24条1項、13条に違反する。
(4) よって、○○○市長に、上記婚姻届出の不受理処分を取消し、上記婚姻届出の受理を命ずる審判を求める。
2 当裁判所の認定した事実
本件記録中の戸籍謄本、婚姻届書写、平成元年3月27日付○○県○○○市長作成の不受理証明書その他の資料及び家庭裁判所調査官作成の調査報告書によれば、つぎの事実が認められる。
(1) 申立ての要旨(1)(ただし、本件婚姻届の際「婚姻後の夫婦の氏については夫婦別姓を選択して、その旨記載し、」の部分を除く)、(2)の各事実。
(2) 申立人らは、本件婚姻届出に際しては、戸籍法施行規則59条による同規則附録12号様式による届出用紙を使用し、婚姻後の夫婦の氏の欄においては、夫の氏、妻の氏の双方にレ印を附した。
(3) 申立人らは、3年程前、申立人島田登が地質調査アルバイト、同大田菊江が会社員として、東京で働いているときに知り合い、本年3月1日から○○県○○○市で同居し、事実上の婚姻生活に入った。
(4) 申立人島田登は、本年3月から、愛知県○○市内の学習塾に講師として勤務しているが、同申立人自身は、女性差別に反対するという趣旨から、一旦は、申立人ら夫婦の氏として「大田」を選択することを考えた。ところが、それでは同申立人が大田家の養子にきたように第三者から思われるという理由で申立人大田菊江の父や兄から強く反対され、夫婦の氏として「大田」を選択しての婚姻届を断念した。
(5) 申立人大田菊江は、昭和63年3月までは東京都内の会社に勤務していたが、その後は無職であり、本年3月に○○県○○○市に転居して以来も無職であって、氏が「島田」に改まることにより、社会生活上特別な不都合が生ずることはないが、「島田」を選択することは、女性差別を認めることに通じると考えて、絶対にしたくないと思っている。
3 当裁判所の判断
(1) 現行法制のもとにおいても、家庭は、個人の尊厳と両性の本質的平等を基本としながら、その健全な維持を図るべき親族共同生活の場として、尊重すべきものとされている(家事審判法1条参照)。
すなわち、家庭は、相互に扶助協力義務を有する夫婦(民法752条)を中心として、未成年の子の監護養育(民法820条、877条1項)や、他の直系血族の第1次的扶養(民法877条1項)等が期待される親族共同生活の場として、法律上保護されるべき重要な社会的基礎を構成するものである。
このような親族共同生活の中心となる夫婦が、同じ氏を称することは、主観的には夫婦の一体感を高めるのに役立ち、客観的には利害関係を有する第三者に対し夫婦であることを示すのを容易にするものといえる。
したがって、国民感情または国民感情及び社会的慣習を根拠として制定されたといわれる民法750条は、現在においてもなお合理性を有するものであって、何ら憲法13条、24条1項に違反するものではない。
(2) 前示認定事実によれば、本件婚姻届書の婚姻後の夫婦の氏の欄の前示のような記載を、民法750条及び戸籍法74条1号に規定する婚姻後の夫婦の氏の選択がないものとして、本件婚姻届を受理しなかった○○県○○○市長の処分は、同法条の適用においても、憲法13条、24条1項に違反するものということはできない。
(3) よって、その余の点について判断するまでもなく、申立人らの本件申立ては失当であるから、これを却下し、主文の通り審判する。
(家事審判官 大見鈴次)